概要
松江城天守は、島根県松江市に位置し、現存する12天守のひとつであり、国宝に指定された5天守の中でも比較的新しく国宝となった建造物です。築城は慶長16年(1611年)、堀尾吉晴が5年の歳月をかけて完成させたもので、松江藩の政庁として出雲地方の政治・経済の中心を担いました。天守は望楼型の4重5階・地下1階の構造を持ち、黒い下見板張りの外観と千鳥破風を備えた姿から「千鳥城」とも呼ばれています。山陰地方で唯一の現存天守であり、標高29メートルの亀田山に建つため、最上階からは宍道湖を望む雄大な景観が広がります。明治期の廃城令で取り壊しの危機にありましたが、地元有志の尽力により天守は買い戻され、解体を免れました。その後も修復や整備が進められ、2015年には天守の建築年代を裏付ける史料が確認されたことで国宝に指定されました。現在は松江城山公園として整備され、松江市を代表する歴史文化遺産として多くの人々に親しまれています。
見所・特徴
松江城天守の最大の魅力は、現存12天守の中でも屈指の「実戦的構造」を残す点です。松江城は江戸初期に築かれた城でありながら、まだ戦乱の可能性が残る時代背景のもとで建てられたため、防御機能が随所に見られます。たとえば、天守の2階から1階屋根を貫くように設けられた「石落とし」は8か所もあり、敵兵が石垣を登ってきた際に石や熱湯を落として撃退するための設備です。また、鉄砲狭間や矢狭間が各階の四方に配置され、攻撃方向に応じて使い分けられるよう工夫されています。これらの構造は、桃山期の城郭に見られる実戦的な特徴を色濃く残しており、松江城が「武の城」であったことを物語っています。
外観の美しさも見逃せません。松江城は望楼型天守で、入母屋屋根の上に望楼を載せた古式のスタイルを保っています。黒い下見板張りの外壁と、千鳥破風をはじめとする優雅な屋根の曲線が調和し、重厚さと優美さを兼ね備えた姿は「千鳥城」の名にふさわしい風格を漂わせています。さらに、屋根に載る高さ2メートルの木彫り青銅張りの鯱は、日本最大級の現存木造鯱として知られ、松江城の象徴的存在となっています。
天守内部も見どころが豊富です。内部は当時のままの木組みが残され、急勾配の階段や太い柱が江戸初期の建築技術を伝えています。柱は複数の板を寄せ合わせて鉄輪で締める「寄木柱」という工法が用いられ、耐久性と軽量化を両立させています。また、天守内部は資料館として整備され、松江藩ゆかりの甲冑や刀剣、火事装束などが展示されており、藩政時代の文化や生活を知ることができます。
最上階の「天狗の間」からの眺望も大きな魅力です。標高29メートルの亀田山に建つ天守の最上階からは、松江市街や宍道湖が一望でき、特に夕暮れ時の景色は格別です。この眺望は、松江城が湖城としての性格を持ち、宍道湖と中海を結ぶ水運の要衝であったことを実感させてくれます。
さらに、松江城の歴史的価値を語るうえで欠かせないのが、天守が解体を免れた奇跡の物語です。明治期の廃城令により、多くの城が取り壊される中、松江城天守も売却される予定でした。しかし、地元の豪農・勝部本右衛門や元藩士の高木権八らが資金を出し合い、天守を買い戻したことで保存されました。この市民の熱意が、今日の国宝松江城を支えているのです。
また、松江城は近年、二の丸や三の丸の櫓・門の復元が進み、往時の姿を取り戻しつつあります。城山公園として整備された周辺には桜が多く植えられ、日本さくら名所100選にも選ばれています。春には天守と桜が織りなす風景が訪れる人々を魅了します。
松江城天守は、実戦的構造・優美な外観・歴史的背景・文化的価値のすべてを兼ね備えた、日本を代表する名城です。訪れるたびに新たな発見があり、歴史の奥深さを感じさせてくれる貴重な文化遺産といえます。
写真

天守へは附櫓から入ります。上には狭間や石落としがあり、扉も鉄でできています。


附櫓内部の「石打棚」です。

受付があるところまでが附櫓です。天守入口を見ると、ここにも小さな狭間があります。

天守は地下から入ります。ここには井戸や塩蔵があります。

内部の写真です。

随所に狭間があります。

木材には、堀尾氏の家紋・分銅と、月山富田城を示すと思われる「富」の付いたものがあります。

階段には、はしごを外して、板をスライドさせることで、上に来させないようにする仕掛けもあります。

最上階からの眺めです。


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